2015年10月19日

夏の裏切り。

 携帯電話を水没させた話をしようと思います。みなさんはジップロックをご存知でしょうか? 厚手のビニール袋で口が密閉される構造になっていて中に入れた煮物などの汁が漏れない優れもののことです。
  ジップロックは3色の色分けがなされています。青色、ピンク色、緑色。緑色はお手軽バッグと表記され、そういう位置づけになっています。おそらく比較的高品質ではないものの、より安価で提供するのでお手軽に使ってもらいたいという企業側のたくらみが鮮やかに発色しているのです。実に健全です。ピンク色はストックバッグ。何かを入れてストックしませんかという企業側の誘惑がピンク色で表現されているのでしょう。極めて建設的です。そして青色。青色はスタンディングバッグという位置づけなのです。立って使えということなのでしょうか。少し意味がわかりません。ジップロックのミステリアス担当と言えます。
 さて、一通りジップロックの説明を終えたところで、ここからが本題です。

 先日、僕は沖縄に行き、海に入りました。
 沖縄県にある瀬底島というところは瀬底ブルーという言葉が存在するように、とても美しい青い海に囲まれた人口八千人ほどの小さな島です。沖縄本島から通行料無料の瀬底大橋を渡り、南国の太陽に照らされたあの海を見れば、誰であれ海に入りたくなるものです。

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 アンチ浜というビーチがあって、そこには白いビーチパラソルが並び、今風のおしゃれな海の家が夏を象徴するかのように建ち、当たり前のようにロッカーや荷物預かり所などがあります。
 でも小銭をケチった僕はジップロックに車のカギと携帯電話を入れて、海へと潜ったのです。ジップロックがあれば携帯電話を使って水中で写真が撮れると考えてのことです。

 使用したジップロックは3色の中でおそらく最高品質なのであろうミステリアス担当の青色。
 安心です。
 透明度の高い海。熱帯魚の楽園。シュノーケルで呼吸をし、海水に漂い、写真を撮ることも忘れて魚と戯れる僕。
  瀬底ブルーはあたたかく僕のことを迎え入れ、そしてジップロックは人知れず沖縄の海水を迎え入れていたのです。

  海から上がり、ようやく気がついたジップロックの中の惨状。容量の3分の1にまで達する水位。驚愕。車のカギは完全に水の中。携帯電話は指4本分の高さまでの海水に浸かっています。指4本分。もしも携帯電話に肩があるならば、肩までとっぷりと海水に浸かっていると言える僕の携帯電話。漬物売り場のキュウリの浅漬けを想起させる僕の携帯電話。あぁ、僕の携帯電話。
 ショック。すごいショック。青色のジップロックはスタンディングバッグ。立っていられないほどの衝撃。茫然自失。指4本分。

 汁こぼれしないはずのジップロックの中に、なぜ海水が入っているのか。
 汁はこぼさないが、海水は迎え入れる、そんな特殊なわがままスタンスなのか。
 なぜ断りもなく海水を迎え入れたのか。汁状のものを内側に溜めたがる傾向にあるのか。
 最近の車のカギはボタンを押すとドアのカギがピッと解除されたりするハイテク電子機器。従来のローテク金属棒の出番はない。でも水没の際は圧倒的に不利。僕は信じられない気持ちで車のカギのボタンをピッとする。ガチャリ。開いた。開いたぞ。海水に浸かっていたのに開いたぞ。車のドアが開く喜び。そんな喜びがあることをできれば僕は知りたくなかった。しかし、もしも開かなかったら僕は海パン一丁で夕暮れせまる浜辺で途方にくれるところだ。ふと閉まるボタンが機能するのかが気になった。ピッと押してみる。ガチャリ。閉まった。しまった。二度目開かなかったら僕は海パン一丁で夕暮れせまる浜辺で途方にくれることになるではないか。焦りからくる連打。車はウインカーをチカリと光らせてドアのカギをガチャリと開いた。開いてくれた。よかった。もう無闇に開け閉めはしない。問題は携帯電話だ。僕の携帯電話はスマホだ。スマートフォンの略語であるならばスマフォだ。起動するか確かめるために画面を指先で撫でる。黒いまま光ろうともしない画面。おいおい。スマフォよ。僕は何度も画面を撫でる。滴り落ちる海水。起きろ。光れ。頼む。頼みます。今まで撮りためた写真とか、今後の予定とか、わざわざ旅路のテンションをあげようとダウンロードしておいたBEGINや夏川りみさんの沖縄っぽい音楽とか、消えたのか? そうやっていつまでも黒いままの無音の画面なのか。ツンデレか。そろそろデレをお願いしますよ。画面をツンツンする僕。光ろうともしないスマフォ。膝から崩れ落ちる僕。静寂。僕の心の中にだけ涙そうそうが流れ、握りしめたジップロックに落涙しそうになる。怖いよ。次どこに行ったらいのかもわからない。消えた。すべて消えた。青色のスタンディングバッグよ。立ち上がることもできないでいる僕を見て何か責任を感じないのか。汁こぼれさえしなければ海水の浸入は許すというのか。それとも僕の閉め方に問題があったのか。僕がジップロックのジップをきちんとロックしなかったのか。そうなのか? そこそこロックしたとは思うぞ。僕の気持ちとは裏腹に太陽をあびてきらめく白い砂浜。あきらかに内部から海水を滴らせ続ける僕のスマフォ。スマートでもなんでもないフォン。いや、今やフォンでもなんでもないただの板。僕は板を携帯電話のショップに持ち込んだ。修理代金は三万五千円だという。ツンツンしすぎでしょ。デレデレしなさいよ。
  つまり僕が言いたいのはただ一つ。定められた用途以外でジップロックを使うのは危険だ。奴は必ず人を裏切る。


余命半年の劇場のお話。
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発売日は10月24日です♪







posted by 奈須 崇 at 15:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

小説家になります。

 小さな頃、僕は仮面ライダーかウルトラマンになりたかった。職歴を遡ると、まずサラリーマンになり、脱サラをして芸人になり、喜劇俳優をしながら、時に作曲や作詞をし、やがて劇作家になって、株式会社を設立して社長になった。
 社長になった話はまたいつかの機会にするとして、とにかくそれはもう多種多様な仕事を務めてきた。おもしろそうな仕事であればすぐさま飛びついた。鳶職、花屋、中華料理屋、携帯電話の解約阻止、巻き寿司の叩き売り、ただただパチンコをするだけという得体の知れない仕事、飲食店の覆面調査員、そしてヒーローショーのヒーローもした。ミドレンジャー的な当時最先端の奴だ。

 そんなフリーターのプロのような僕がもうすぐ仕事を変える。2015年10月24日、僕にとって人生初となる小説が出版される。
 僕は小説家になる。

 小説家は便利だ。役者を集めなくてもいいし、劇場を借りなくてもいい。お客さんが本屋さんやネットで小説を買ってくれさえすれば僕のお芝居を観るのと同じような体験をしてもらえる。こんなに便利なことはない。
 それに才能さえ届けば僕は仮面ライダーやウルトラマンを生み出す人にもなれる。なれるんじゃないかなぁと思う。いや、たとえなれなくても仮面ライダーに似た何かや、ウルトラマンに似た何かは生み出すことができる。小説家となったからには想像の世界でヒーローに似た何かを創造すればいいのだ。独自性をもたせるために少しアレンジを加えて仮面を別の何か、たとえばアイマスクにでもして、ライダーをサイクリストにすればいいのだ。バイクから自転車への転向はエコでもあるし地球に優しい。もちろん視界を塞がれたアイマスクサイクリストは颯爽と事故るかもしれない。ヒーローかどうかも謎だ。でも僕はそれでも構わない。アイマスクをしているのだから仕方がない。常に目を休ませているヒーローがいて何が悪いのか。もしかすると寝ているのかもしれないがいいじゃないか。事故を起こしても想像の世界では誰も怪我をしない。むしろアイマスクをして自転車に乗るのは危険な行為なのだと読み手に想起させることによって怪我をする人が減るのだ。
 話がそれた。
 2015年10月24日に僕は小説家になる。「上方スピリッツ」というタイトルの小説を出版する。僕が所属していた劇団 スクエアに書き下ろした戯曲を元に、漫才師と構成作家とマネージャー、芸能事務所の社員たちや掃除のおばちゃんといった劇場で働く人々の人生の悲喜こもごもの物語。

 喜劇俳優としての僕を楽しんでくださった皆さまが、僕の小説を読んで楽しんでくださるとしたなら、この上なく嬉しいです。

余命半年の劇場のお話。
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posted by 奈須 崇 at 15:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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